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名将 徳川家康縁の地 |
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徳川幕府を開いた名将徳川家康は、
29歳のときから45歳で駿府城に移るまで、浜松城を居城にしました。
天下をとるためには、まず信玄を倒さなければならないと判断した家康は、
1570年、それまで住んでいた岡崎城を長男の信康に譲り、
三方原台地の東南端に浜松城を築城、駿遠制圧の拠点としたのです。
ちなみに、「浜松」という地名は、このとき家康が名付けたのです。
浜松の家康公所縁のスポット
− 元城町東照宮 −
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今川家武将の居城であった引間城跡。現代では家康公を祭る東照宮になっています。
所在地:静岡県浜松市中区元城町111-2
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− 椿姫観音 −
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引間城城主となり、家康と戦い散った椿姫を祭る小さな観音です。
所在地:静岡県浜松市中区元浜町133
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− 鎧掛けの松 −
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三方ヶ原の合戦に敗れ逃げ帰った家康が、安堵からその重い鎧を脱いで掛けたとされる松です。
現在の松は3代目となっています。
所在地:静岡県浜松市中区元城町103-2
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− 犀ヶ崖古戦場 −
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武田信玄と徳川家康の戦いの跡が残っています。
所在地:静岡県浜松市中区鹿谷町25
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− 普済寺 −
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三方ヶ原合戦で家康が武田軍の目を欺くため火を放ったとされるお寺です。
所在地:静岡県浜松市中区広沢1丁目2-1
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− 本多肥後守忠真の碑 −
三方原の戦いで武田軍に大敗した中、撤退に際し殿を買って出た本多忠真は、
この地で討ち死にしたとされています。
所在地:静岡県浜松市中区鹿谷町25-10
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− 夏目次郎左衛門吉信の碑 −
三方ヶ原の合戦の際、家康の身代わりとなって討死した夏目次郎左衛門の碑です。
所在地:静岡県浜松市中区布橋2丁目13
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